Jewel-like Life

宝石鑑定士がときめくジュエリーとスタイリングをご紹介します

これは日本刀にハマるよね、と気づいた展覧会 その1

先月、国立新美術館の「トルコ至宝展」そして静嘉堂文庫美術館の「日本刀の華 備前刀展」に行ってきました。

「トルコ至宝展」はオスマン帝国の宝飾品、「備前刀展」は曜変天目茶碗がお目当てだったのに、そこで意外なものに釘付けとなってしまいました。

それは日本刀。“刀女子”なんて言葉まで生まれて、ここ数年大注目されているようですね。

こんな出会いもあるから、美術展って楽しいのです。

 

 

 

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こってりゴージャスなトルコ至宝

トプカプ宮殿博物館に所蔵されている、豪華絢爛な宝飾品、衣装、食器、敷物、書物などが展示されていました。

 

一番の見所は最初の部屋、宝石をふんだんに散りばめたスルタンの装身具でしょうね。柄の部分が1つのエメラルドでできた短剣は、あまりの石の大きさにのけぞりました。

 

ルビー、エメラルド、フラットなダイヤモンドを多用した有機的なデザイン、エナメルによる着彩には、インドのムガール帝国の影響を感じました。

 

全体にこってりゴージャス感が強いのです。

これはこれで、エキゾチックでおおらかな華やかさがあって、楽しめました。

 

日本刀との遭遇

トルコは親日国としても知られています。最後の部屋はトルコと日本の交流をテーマに、トルコに友好の証として送られた、明治期の日本美術品が並んでいました。

 

有田焼の壺や七宝の花瓶を見たらなぜかホッとしてしまうのは、私が日本人だからでしょうか。

 

そして日本刀の前に立った瞬間、視線を外せなくなったのです。

そこだけ静謐でちょっと張り詰めたようなオーラに包まれていました。

ゆるく弧を描く鋭い刃の形、鞘に施された金細工、柄に巻かれた紐、

どれも精緻で一分の狂いもありません。

一言で言えば“端正”なのですね。

トルコのきらびやかだけどちょっとおおざっぱな作りの装身具を見続けた後だったから、余計に日本の作品が新鮮に映ったのかもしれません。

中でも不思議と見惚れてしまったのが刀だったのです。

 

トルコの宝飾刀剣って、

光沢のあるシルクのシャツをラフに着て、トワレの香りを漂わせる、

無精ひげの北村一輝、っていうイメージ。(すごい妄想です)

 

かたや日本の金太刀は、

ビシッとアイロンのかかったコットンの白シャツを着て、涼しげな目をした

向井理綾野剛でしょうか。(独断ですみません)

 

かっこいい〜!と周りが騒いでいても関心のもてなかったイケメンと、

道端で偶然ぶつかって、至近距離で目があった瞬間恋に落ちる……。

私にとって日本刀との遭遇は、そんな少女漫画みたいなシチュエーションでした。

(想像力たくましすぎ!)

 

気になった方へ

オスマン帝国の美意識に触れたい方、まだチャンスはあります。

東京の展覧会は終了しましたが、6月14日から京都国立近代美術館での会期が始まります。

 

スルタンの織物の柄は日本の着物の古典柄を思い起こさせますし、

アラビア文字による署名(トゥーラ)や、美しい書道の手習い本もあって、

どこか親しみを覚える作品もあります。

女性ならきっとキュンとなる可愛さの「七宝製バラ水入れ」もぜひ見ていただきたいです!

 

turkey2019.exhn.jp

 

そして、さらに日本刀の魅力に開眼することになった展覧会については次回に続きます。

 

ここまで読んでくださってありがとうございました!

「大人の男性」限定。好感度をあげるジュエリーとは?

前回の記事で、女性がジュエリーを買う前にぜひ参考にしてほしい本を紹介しました。


sasha-gemini.hatenablog.com

 

それでふと思ったのは、男性用ジュエリー選びの難しさ。

多くの方は結婚指輪以外に、ジュエリーを買おうと思うきっかけすらないかもしれません。

でも、もし好感度がアップするジュエリーがあるとしたら、着けてみたいと思いませんか?

今回は「大人の男性」にオススメのジュエリーをご紹介します。

 

 

 

ユニセックスデザインなら大丈夫? 

10代20代の若い男性がカジュアルなシルバーのペンダントやリングを楽しむのは全く問題ないですよね。

ただ30を過ぎてもごついシルバーリングやバングルというのは、ちょっと痛い印象を受けることも。

30代以降の大人の男性には、一緒に年を重ねていける(長く使える)、品格のあるものがふさわしいと思います。

 

 

最近はユニセックスなデザインのジュエリーが増えてきました。

海外ブランドの中で例をあげるなら、

 

カルティエ “ジュスト アン クル コレクション”

https://www.cartier.jp/ja/商品カテゴリー/ジュエリー/コレクション/ジュスト-アン-クル.html

 

フレッド “フォース10コレクション”

https://www.fred.com/jp/index.php?route=product/category&path=109_119

 

ティファニー “1837コレクション”

www.tiffany.co.jp

 

などなど……。 

でも男性がこれらのジュエリーを着けこなすのはなかなか難しいのが正直なところ。

 

ジュエリーが浮いている人たち

そうかと思えばこんな人、見かけませんか?

 

ダイヤモンド入りの時計やジュエリーをつけている男性

お金持ってますアピールなのかは不明ですが、つい二度見してしまいます。

外見がホスト系の方、IT系や外食産業系の社長、(バブル期の薫りのする)不動産業界系のおじさまなどにお見かけする印象が強いです。

 

どこのブランドかすぐわかるジュエリーをつけている男性

サーフィンかゴルフで日焼けした肌、ファッションにもこだわりのある方に多い気がします。簡単にいえばブランド好き。

シャツは第3ボタンまで外す、ちょいワル系を目指していると思われる方も。

 

ごつい石付きリングをしている男性

これは“宝飾品業界あるある”。ルース(セットされていない宝石)を扱っている方に多いです。

宝石が好きだから、自分が気に入った石をセットしたリングをつけてしまうのでしょうね。

でもちょっと時代遅れの疲れたスーツ姿にリングだけ目立っていると、“堅気ではない人”と思われてしまう可能性大です。

 

女性でも同じことがいえるのですが、ジュエリーが着けている人より目立っている、

浮いてしまっているのは素敵とはいえないですよね。

 

ポイントは「控えめ」「質の良さ」「遊び心」

話が横道にそれましたが、本題に戻りましょう。

大人の男性がジュエリーをつける場合、大事なことが3つあります。

 

1つ目は変に目立たず控えめであること。

2つ目は素材や作りは品質の良いものであること。

最後に、ちょっとした遊び心があればなお良し。

 

これらの条件を満たすオススメのジュエリー、

それはピンブローチ(ピンバッチ、ピンズという方もいます)です。

 

私が時々お邪魔するアンティーク店のオーナーはおそらく60歳前後。

イラン出身で、アメリカの大学を卒業した後、日本で骨董商を30年以上営んでいます。

ある日、人懐こい笑顔でジョークを飛ばす彼の襟元に、私の目は釘付けになりました。

 

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ジャケットのラペルにキラリと光るものが……

近づいてよくみたら、それはテディベアのピンブローチだったのです。

 

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大きさは2センチ足らずですが、ゴールドでできた体は立体的で、

瞳はサファイア、蝶ネクタイの中心にはルビーがセットされています。

そしてスケルトンになったお腹の中で、ダイヤモンドが1ピースくるくる動くようになっています。

そう、こちらのピンブローチは、ショパールのハッピーダイヤモンドコレクション。

小さいけれど細部までよくできている、と感心しました。

 

小柄なオーナーが着けても、大げさな感じや気負った感じは全くありません。

それに可愛らしいテディベアはお茶目な彼にぴったりお似合いでした。

 

ピンブローチはサイズが小さいので、大げさにならずに品よく着けられます。

品がいいということは、スーツなどのオフィシャルな装いにも合わせられるということです。

ノーネクタイで、コットンや麻素材のジャケットスタイルに合わせれば、

綺麗めカジュアルに仕上がります。

 

さらに、パーティなど人と会う場面では、カンヴァセーションピースとしても活躍します。対面した時、自然と胸元に視線がいきますから。

そういう私も

「かわいい!これショパールですよね?どこで買われたんですか?」

と、ついオーナーを質問ぜめにしてしまいました。

 

デザインはどのようなものがいい?

デザインは抽象的なものより具象がお勧めです。

例えば愛犬と同じ犬種とか、てんとう虫や四つ葉のクローバーなどのラッキーモチーフを選べば愛着も増しますよね。

クラシックコンサートにはヴァイオリン、海辺のレストランでの食事にはヨット、

といった具合に、訪れる場所に関連したモチーフもおしゃれです。

 

ある40代の男性はツイードのジャケットに潜水艦のピンブローチをつけていました。

話を聞くとビートルズのファンとのこと。

偶然そのピンブローチを見つけた時に、“イエローサブマリン”の曲を思い出し、

購入を決めたのだと嬉しそうに話してくれました。

 

その方とジュエリーのパーソナルなつながりを知って、こちらまでほんわかした暖かい気持ちになりました。

ジュエリーは身につける人だけでなく、周りの人を楽しませるパワーもあるのです。

 

最後に

いかがでしょうか?

大人の男性にはピンブローチがふさわしいことをご理解いただけたら嬉しく思います。

 

今は亡きファッション界のカリスマ、カール・ラガーフェルドが様々なブローチを愛用していたことは以前紹介しました。

 

sasha-gemini.hatenablog.com

 

彼が着けていたような大きいブローチを、一般の男性が真似するのは至難の技。

というよりまず似合いません。ですがピンブローチなら問題なく取り入れられます。

ぜひチャレンジしていただきたいです。

 

オススメのピンブローチの具体例、ブランドについてはまたの機会にアップしたいと思います。お楽しみに。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

ジュエリーに興味はあるけど何を買えばいいのかわからないあなたへ

最近、スタイリストさんがファッションコーディネートやスタイリングを解説する本が多いと思いませんか?

同じように、ジュエリー選びに役立つ本があれば良いのに、と思っていたら…

ありました!

ジュエリーを買いたいけど、どうしたらいいのか戸惑っている方へ、

心強い味方になる本をご紹介します。

 

 

ジュエリーの良さって?

電車の中やカフェ、レストランなどで、おしゃれな女性が増えたな、と思いながら観察をしていて気になったことがあります。それはジュエリーをつけている人が少ないこと。

 

私も近所へ買い物に行く時は何もつけないこともありますが、

仕事の時、誰かに会う時、お出かけする時に何もつけないと落ち着かない気分になります。

お化粧をして最後に口紅を塗らないような状態に近いです。

そうは言っても、ファッションのカジュアル化が進んだ昨今、

ジュエリーはそれほど必要性を感じないアイテムになってきているのかもしれません。

特別な時に着けるもの、というイメージが強いと、さらに遠い存在になってしまうでしょうね。

 

でもジュエリーって実はメリットがたくさんあるのです。

 

◇その人をより魅力的に、綺麗にみせてくれる

◇身につけることで気持ちが上がり、力をくれる

◇お洋服よりもずっと長く使える

◇歳を重ねるほど似合うものが増える

 

などなど。

今はデザインも豊富に、様々なジュエリーが揃っています。

 それがかえって選びにくさの要因の一つになっているのかもしれません。

 

こんな本を待っていました

「もっと多くの人に、ジュエリーをつける楽しさを知ってほしい」

常々思っていたところ、私の意図をくんでくれたかのような本をみつけました!

 

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『そろそろ、ジュエリーが欲しいと思ったら』

(伊藤美佐季 著、ダイヤモンド社)です。

 

著者の伊藤美佐季さんはジュエリースタイリストとして大活躍されている方です。『25ans』や『Precious』などの女性誌を見ていて、ジュエリーを使った素敵なスタイリングだなと思うと、クレジットには必ず美佐季さんの名前があります。

 

ジュエリーとお洋服のバランスはもちろんのこと、

つけた時に、その人のどのような個性や魅力を引きだせるのか?

といったことまで熟知しているのでしょう。

 

今のファッションの気分を取り入れつつ、とても実践的、そして洗練されているのです。

 

本の内容は?

CHAPTER1 ジュエリーがあれば、もっと素敵になれる

CHAPTER2 ベースになるジュエリーの見つけ方

CHAPTER3 アイテム別ジュエリーの選び方&買い方

CHAPTER4 さらにおしゃれに見える、ジュエリーの着け方

CHAPTER5 もっとジュエリーを楽しむために

という5章だてになっています。

 

本を開くと、右ページに1つのタイトル、それに対する本文は左ページのみ、

という構成。非常にコンパクトにまとまっているので、短時間でさらりと読めてしまいます。

でも何度も読み返して、ジュエリーとの付き合い方を見直したくなる内容です。

 

こんな感じで、モデルが着用した写真も豊富でイメージしやすい。

 

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ジュエリー初心者には

「まず手に入れたい基本の7アイテム —ひとつでもサマになるのはこの7つ」

 というタイトルは気になるはず。

エタニティリングやパールピアス、パールネックレスなどを挙げています。

 

さらに各アイテムの選び方のコツを別のページで指南。

パールピアスなら

「年齢によって似合う珠の大きさは変わる」

といった具合です。

 

ある程度ジュエリーをつけてきた人なら、読んでいて「そうだよねー」と納得

する内容が多々あると思います。

 

さらにさらに、そうしたジュエリー経験値の高い方にも参考になる、着け方のテクニックがいくつも披露されているのがこの本のすごいところ。

いえ、美佐季さんのすごいところ。

 

例えば、「ロング x ロングのラグジュアリーな重ね着けテクニック」。

エスト付近まであるロングネックレスに、ネックレスと同ブランド・同モチーフの

ロングペンダントの重ね着けを提案しています。

 

確かにロングネックレス1本だと、

内側にできる間延びした空間が気になることがあります。

その空間にロングペンダントがあればすっきりしつつ、華やかさも加わります。

これはお洒落。ネックレスも新鮮に見えます。

 

ちなみに紹介されているネックレスとペンダントはティファニーの”ハードウェア”コレクションでした。

価格はネックレス1,850,000円、ブレスレット390,000円、(2点をつなげて使用しています)、ペンダント385,000円です。ちょっと気軽に買える感じはしませんね。

 

必ずしも同ブランド・同モチーフでなくても良いかもしれません。

同じカラーの地金で同じテイストのデザインであれば違和感はなさそう。

(美佐季さんの考え方を否定するつもりはありません。私の個人的なアイデアです)

 

この本の中で唯一気になったのは、取り上げられているジュエリーの多くが

海外有名ブランドだったことでしょうか。

メジャーブランドでなくてもクオリティが高く、センスの良いジュエリーはあります。

価格もハイブランドに比べるとリーズナブルだったりします。

そんなジュエリーブランドも今後このブログでご紹介したいと思います。

 

最後に、大切なこと

ジュエリーを選ぶ上で大切なのは、実際に着けてみて、似合うものを探すこと。

美佐季さんも本の中で繰り返し書いています。

 

例えばパールのピアス。珠の大きさが1ミリ違うだけで雰囲気は変わります。

顔の形、大きさは人それぞれですから、似合うサイズも人によって異なります。

それにパールの色や光沢、仕上げの美しさなど、品質も1点1点確かめたいところです。

 

海外ブランドのジュエリーですらネットで買える時代ですが、

いくつかのお店に足を運んで、色々と試着してみることをおすすめしたいですね。

ジュエリーは安いお買い物ではありませんし、

じっくり選ぶ時間も楽しんでしまいましょう。

 

美佐季さんはイタリアでジュエリーの勉強をされていた時期があったそうです。

その頃出会ったイタリアのマダム達のジュエリー使いにかなり影響を受けたとのこと。

 

そうなんですよね……。海外で出会う、かっこよくジュエリーをつけこなしているマダム、眩しくて憧れます。

ジュエリーが体の一部のように馴染んでいて、その人の個性と調和していますものね。

 

これからジュエリーを買おうかな、という方だけでなく、ジュエリー上級者の方まで、この本から得られるヒントはたくさんあると思います。

ぜひ参考になさってくださいね!

 

www.diamond.co.jp

本好き憧れの地「阿佐ヶ谷書庫」を見学!

突然ですが、皆さま、どんどんたまっていく本たちをどうしていますか?

いつか所有する本を収納できる、自分だけのライブラリーを持ちたいという方もいらっしゃるのでは?

「阿佐ヶ谷書庫」は社会経済学者・松原隆一郎氏の仕事場兼書庫です。建築家・堀部安嗣氏の設計によって2013年に完成しました。

これが魅力的な建物なのです。こんな空間が欲しい!と思わせるツボがそこかしこにありました。本好き人間にとって、憧れの地、ともいえる場所の内覧会に参加してきたので、ぜひご紹介したいと思います。

 

 

 

扉の内側は別世界

中央線の阿佐ヶ谷駅から歩いて20分ほどのバス通り沿いに、阿佐ヶ谷書庫はひっそりと

佇んでいます。壁は暗い小豆色で、小さな窓が2つだけみえます。

家なのか倉庫なのか、よく分からない外観です。本当に目立たない!

 

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ところが玄関扉を開けると、目の前に見えるのは本、本、本……。

円筒形の空間の壁面はびっしりと本で埋めつくされています。そこには外観からは想像もつかない、濃密な別世界が広がっているのです。

まずこの外観と内側のギャップに心揺さぶられました。

真面目でファッションも地味〜な眼鏡男子が、話してみたら話題も豊富、顔立ちもなかなかの知的な紳士だった、みたいな感じでしょうか。

すみません、ちょっと妄想入ってます。

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「阿佐ヶ谷書庫」内覧会実行委員会(@Asagaya Shoko)twitterより

 

考え抜かれたサイズ感

ドアを閉めると、外を走る車の音や人の声などが遮断され、静寂さに包まれました。

書棚に沿って半地下から2階建まで続いている螺旋階段は人1人分位の幅しかないので、他の人とすれ違うには1人が壁面側に極力寄るしかありません。

地下におりて、吹き抜けを見あげると、井戸の底から空を仰ぎ見るような感覚に。

なんだか落ち着くので、瞑想するのにも良さそうです。

2階の天井はドーム型になっていて、中央の丸窓からは満月ように優しい光が降り注ぎます。以前、見学者が連れていた赤ちゃんが、この丸窓をじーっと見つめていたそうです。柔らかい明るさが、お腹にいた頃と似ていたのかもしれませんね。

反対に、2階から地下を見下ろすと、地中深く、どこまでも吸い込まれていきそうになります。

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「阿佐ヶ谷書庫」内覧会実行委員会(@Asagaya Shoko)twitterより

 

驚いたことにここの土地はわずか8坪ほど、建坪は6坪ほどしかありません。

それでも、2階に書斎とキッチン、1階にトイレとシャワールーム、地下に寝室、と生活に必要な設備はそろっています。

円筒形の書庫から小さな部屋が飛び出したような設計になっていて、コンパクトに凝縮されているのです。“ゆったり”とはいえませんが1人で過ごすには十分なスペースです。

書庫をメインとしたこのサイズ感、隠れ家っぽくてそそられます。秘密めいた場所のようでたまりません。

 

一万冊の本に包まれる

円筒形の書庫の良さは、全体をぐるりと見渡せて、必要な本をすぐに取り出せることです。

本に囲まれるというより、包まれるような構造は、本好きにとって理想的。

書棚をスライドさせるとか、脚立を使わないと取れない、なんて事態もないのですから。

本の背表紙を眺めていると、マーケティング、流通、小説、などジャンルごとに分類されているのがわかります。本棚を見ればその人がわかる、というけれど、まさしくこの書庫は松原氏の脳内を映し出しているようなもの。

私なら恥ずかしくて人にお見せできないです。でももし自慢の書庫が完成したら、恥ずかしさも吹き飛ぶかも?

 

静謐な時を重ねて

見学していると、本の香りに混ざってお線香の香りが漂ってきました。書棚の間に木製の伝統的なデザインの仏壇がすっぽりと収まっています。

それはあまりにも周りと自然に溶け込んでいました。松原氏は、一万冊の本と一緒に仏壇を収納する場所も確保して欲しい、と堀部氏に依頼したそうです。

すっくと垂直に伸びる書庫に、ご先祖様たちの歴史が詰まった仏壇。不思議と合うのです。仏壇があることで、より一層静謐な時を感じさせる場所になっていました。

 

最後に

その場でお二人の著書を購入できるとのことで、『書庫を建てる』を購入。阿佐ヶ谷書庫が竣工するまでの過程を、施主と建築家、それぞれの立場から綴ったドキュメントです。

ちゃっかりサインもいただきました。

www.shinchosha.co.jp

 

松原氏の自宅のリノベーションをきっかけに、お二人のお付き合いは20年以上になるそうです。

和気あいあいとしたお話をききながら、信頼関係で結ばれたお二人がちょっぴり羨ましくなりました。

この関係性があったからこそ、素晴らしい書庫が誕生したのでしょうね。

 

阿佐ヶ谷書庫は年に1回、内覧会を実施しています。

ご興味がある方はチェックしてみてくださいね。

www.shinchosha.co.jp

twitter.com

ヴァンクリーフ&アーペルの「レコール 」参加レポその2

さて、前回のレポの続きです。

パリに本校があるジュエリーと宝飾芸術の学校「レコール」。東京で同じ授業が受けら

れるということで、「ヴァンクリーフ アンド アーペルの世界に入り込む」というク

ラスを受けてみました。

 

とうとう授業のハイライト、ハイジュエリーを目の前にして解説が始まります。

丸テーブルに置かれた6点のジュエリーを、先生と生徒がぐるりと囲みます。中でもブ

ランドを象徴する2つのハイジュエリーの秘密を知りたいと、皆の視線と意識がキュッ

と集中しました。

 

 

“ミステリーセッティング”

ミステリーセッティングはVC&Aが1933年に特許を取得した、極めて高度な石留めの技

術です。爪などの地金が一切みえず、宝石だけを敷きつめたようにみえるのがとても不

思議(まさにミステリー)ですし、独特の美しさを放ちます。

他ブランドやメーカーでも同様の技法を使ったジュエリーはありますが、“インヴィジ

ブルセッティング”などと呼ばれています。

 

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この妖精ブローチのサファイアの部分がミステリーセッティング。

構造を簡単に説明しますと、宝石のガードルの下(真上からはみえないサイドに)細い

溝を作り、レール状の地金に挟み込んでセットしていくのです。

 

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石の模型のサイドに入った細〜い溝が見えますか?

改めて間近でみると、あまりの緻密さに気が遠くなりました。

まず同じ色の石をたくさんそろえなくてはなりません。それも高価で希少な宝石を。

それから、石をレールのサイズに合わせて正確にカットしなければなりません。

少しでもサイズが狂えば、レールにきっちり挟めませんし、敷き詰められた表面がガタ

ガタになってしまいます。

そのため、なんと1ピースをカットするのに3〜5時間かかり、元の石サイズの30〜45%

は削られてしまうそうです。しかもセットするのは、平面より難易度の高い曲面が多い

のですから、想像するだけで息がつまります。

 

裏側はこんな感じ。

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ケルトン(石を留めるためのレール状に組まれた地金)部分は赤っぽく見えますね。

ミステリーセッティング部分には、レッドゴールドを使用すると決まっているそうで

す。「湿度の影響を受けないから」だそうですが、地金と湿度にどのような関係がある

のか確認し損ねました(←後悔その1)。今度知人の職人さんに聞いてみようと思いま

す。レッドゴールドは割り金として銅を多く使い、イエローゴールドより硬さが増しま

す。ゆえにしっかり石をホールドできるからではないかな、と思ったのですが……。い

ずれにしても、とてつもなく気を使う繊細な作りなのです。

 

“ジップネックレス”

もう一つ、ブランドのアイコン的傑作、ジップネックレスはその名の通り、ジッパー

(ファスナー)機能を備えたブレスレット兼用ネックレスです。いわゆる王侯貴族が身

につけるクラシカルでゴージャスなネックレスとは異なる、モダンさが魅力的。

しかもしなやかに開け閉めできる完成度の高さにも驚きます。

 

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ネックレス上部の弧を描いている部分を外し、ジップを締めると、ブレスレットになる

のです。画像の左下にあるのはその時必要になるパーツ。

手袋を着用し、ピカピカに磨き上げられたネックレスを慎重に取り扱う先生の手先は、

心なしか緊張していました。

ネックレスからブレスレットにコンバーチブルする一連の流れを夢中で見入ってしま

い、途中の過程を撮り忘れてしまいました(←後悔その2)。

その代わりといってはなんですが、ネットで動画を発見したのでこちらをどうぞ。

 

https://www.vancleefarpels.com/jp/ja/la-maison/spirit-of-creation/creation-highlights/zip-necklaces-transformability.html

 

この遊び心ある傑作が誕生した背景には、“王冠を賭けた恋”として知られるウィンザー

公爵夫人の存在がありました。

彼女がガウンを着た時に、ふとそこについているジッパーを見て、

「これは素晴らしい。ジッパーのようなジュエリーを作って欲しい」

と当時のアート・ディレクターであるルネ・ピュイサンに依頼したのです。

ファッションセンスに優れ、ジュエリーが大好きで、VC&Aはじめ名だたるジュエラー

にオーダーしていた公爵夫人なら、不思議ではない言葉ですね。

 

ジップの噛み合わさる部分は、イエローゴールドかホワイトゴールドで作られます。

プラチナでは硬すぎて壊れやすくなるからです。トップクラスのマスタークラフトマン

がハンドメイドで作るのですが、ネックレスの内側、ファスナー部分の製作だけでも

150時間かかるそうです。高度な技術ということで、こちらも1939年に特許を取得。完

成したのは1950年ですから、相当な試行錯誤があったのでしょう。苦労がしのばれま

す。

 

ジップネックレスは手間隙のかかる特別なジュエリーなので、もともと作られる点数が

限られており、店頭でみられる可能性は低いそうです。オーダー品の場合が多く、完成

するとすぐに売れてしまうとのこと。1点ずつ、使用する石もデザインも様々なヴァリ

エーションが作られています。同じものは作らない、その姿勢もかっこいいですよね。

 

他には、VC&Aの中でたぶん一番メジャーな“アルハンブラ”“ネックレス、

お花モチーフの “ロータス アントレ レ ドア”リング、ボタンモチーフの“ブトン ドー

ル”イヤリングなどを紹介してもらいました。どれも裏側からみても美しい仕上げ。

やはりジュエリーの良し悪しは裏側にでます。

 

傑作の作られる背景を知って、VC&Aがハイジュエラーとして存続し続けてきた理由を

垣間見た気がしました。過去と同じコレクション、同じ技術を継承しているように見え

て、実は常にバージョンアップしているのです。人間も同じですね。“時が止まった

人”にならないように気をつけなくては。

 

感激のディプロマ

授業前、教室に入ると、受講者のためにレコールオリジナルのノートと鉛筆が用意され

ていました。手ぶらで参加できるのです。そして授業の最後にはディプロマ(修了証)

が先生から手渡されます。ただ講義を聞いていただけなのですけどね。それでも名前を

呼ばれて先生から受け取ると嬉しいものです。しかもレコールのパンフレットや資料が

入ったオリジナルエコバッグまでいただきました。ディプロマも入るし、本当に気が利

いています。きめ細やかなおもてなしは、もしかして日本の生徒のために用意されたも

のなのかも?パリではどうなのでしょうか?

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左から:レコールオリジナルノート、鉛筆、ディプロマ

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エコバッグ、同時期に開催されていたエキシビションやレコールの資料


 

参加してみて

盛りだくさんの内容ながら、4時間はあっという間でした。歴史あるブランドには、

長い年月の間に生まれたエピソードや物語がいくつもあるのですね。

そして常に新しいもの、他にはないものを作り出そうとする情熱にあふれています。

それがブランドへの信頼と憧れを増すことにつながるのだ、と実感しました。

単純な私はヴァンクリーフ通気分になって、

ウィンザー公爵夫人がガウンについていたジッパーを見て『こんなジュエリーを作っ

て』ってオーダーしたのがきっかけでジップネックレスができたのよ」

なんて誰かに話したくなりました。

 

この講義に関して唯一要望をあげるとしたら、実物のジュエリーをもっとみたかった、

ということです。ハンドリング(手に取って見ること)できればなお良かったですし、

ルーペでじっくり見ることができたら最高でした。

 

「ジュエリーと宝飾芸術の学校」の意義

VC&Aがレコールを創設した背景には、ブランド認知やイメージの向上、新規顧客の開

拓などもあったのではないかと思っていました。でもレコール自体にビジネス臭は微塵

もありません。

むしろジュエリーという芸術文化に触れて、その美しさと奥深さを感じてもらうことが

第一の目的なのです。何の予備知識のない人でも1講座から気軽に参加でき、楽しむこ

とができるところも、とても素晴らしいと思います。

いくつかあるサヴォアフェール(匠の技)の授業の中には、ジュエリー関係者でもなか

なか体験できない講座がありました。例えば漆芸や象嵌など、白衣を着て実際に工程を

体験するというものです。正直なところ、私は時間とお金に余裕があったら全講座を受

けてみたかったです!

 

対して日本の現状は?

宝石学、ジュエリーデザイン、加工などを個別に学べる場所はいくつかありますが、日

本には今の所「レコール」のような教育機関は存在しません。

充実した内容を“洗練された雰囲気”の中で提供できるのは、やっぱり“芸術大国フラン

ス”だから?それともリシュモン(VC&A、カルティエモンブランなど多くのラグジ

ュアリーブランドを傘下に保有する企業グループ)という巨大資本のなせる技?とつい

考えてしまいます。

でも日本にも、ジュエリー文化や宝石学に詳しい専門家はいるし、優れた職人さんたち

もいます。より多くの人にジュエリーの魅力を知ってもらえる、魅力的な日本版レコー

ルを作ることは、決して不可能ではないはずです。

 

最後に

パリ本校はヴァンドーム広場にあります。画像を見ると学校の教室というよりホテルの

サロンのような内装で、その場に身を置くだけで気分が上がることは間違いありませ

ん。ちなみに授業はフランス語か英語で行われますので、ある程度の語学力は必要でし

ょう。ウェブサイトから予約ができます。パリを訪れたら、レコールで貴重な学びの時

間を過ごすのもいいのでは?

思わずパリに行きたくなります!

https://www.vancleefarpels.com/jp/ja/la-maison/spirit-of-creation/creation-highlights/zip-necklaces-transformability.html

 

ヴァンクリーフ&アーペルの「レコール」参加レポその1

 パリにジュエリーの基礎を学べる「レコール」(フランス語で学校の意味)があるのを

ご存知ですか?フランスを代表するハイジュエリーメゾン、ヴァンクリーフ&アーペル

(以下VC&Aと略します)によって創立された教育機関です。

そのレコールが2月23日〜3月8日まで、東京で特別講座を開催していました。

なんとパリ本校から講師が来日し、パリと全く同じ講義内容を体験できる貴重な機会だ

ったのです。

結構な時間が経ってしまったのですが、勝手な使命感からレポートを残して置こうと思

います!

 

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レコールとは?

ヴァンクリーフ&アーペルの支援のもと、2012年にパリ ヴァンドーム広場にて創設されたレコールは、広く一般の方々にジュエリーの世界への扉を開く教育機関です。講義は大きく3つ、「サヴォアフェール〈匠の技〉」「ジュエリーの歴史」「原石の世界」に分類されます。地球の奥底で生まれる貴石の神秘や、フランスの伝統が培った息を呑むような職人技、ジュエリーに関する心躍るような歴史の数々など、魅惑的で奥深いテーマについて、現役のハイジュエリー職人や専門家が指導を行うのが特長です。

(レコール パンフレットより引用)

 

おもてなしもスマート

会場となった京都造形芸術大学・外苑キャンパスに到着すると、ラウンジのような部屋

に案内されます。そこで授業開始までと休憩時間を過ごすのです。

これがオシャレなカフェのようなしつらえでした。ソファーやテーブルの間に、ジュエ

リーやファッションに関する洋書(一部日本語の書籍も)や写真集が並び、ちょっとし

たライブラリーのよう。パラパラと眺めていると講義への期待感が増していきます。

 

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リフレッシュメント・ビュッフェが用意されているとは聞いていましたが、これは特に

午前中のクラスを受ける前には嬉しいサービスです。パン・オ・ショコラやフィンガー

フード、プチフールにチョコレート、飲み物はコーヒー、紅茶、フレッシュジュースな

どを自由にいただくことができます。

朝からピエール・エルメのチョコを頬張るというプチ贅沢を味わいました。

部屋には徐々にパリから来た講師達も集まり、あちらこちらからフランス語が聞こえ、

テンションも上がります。

 

参加者は想像通り女性が9割。“アルハンブラ”ネックレスに、“バーキン”を持ったいか

にもVC&Aの顧客っぽいマダムもいれば、デニムにスニーカーの大学生っぽい人まで、

意外と様々でした。

 

講義は集中して

私が受講したのは「ヴァンクリーフ&アーペルの世界に入り込む」というクラスです。

途中休憩はあるものの、授業は4時間!長いけど大丈夫かな?と思いつつ教室へ。

 

講師は女性と男性の2人。講義は英語で行われました。日本人の通訳の方が2人いたので

正直ホッとしました。英語に4時間も集中できるのか、そして理解できるのか、非常に

不安でしたので。

 

講師の2人は大学で美術史の学位を取得しており、ヴィンテージジュエリーが専門との

ことでした。(製造されてから25〜100年未満のものをヴィンテージ、製造されて100年

以上経過したものをアンティークと呼びます。)2人とも笑顔がチャーミングで、とて

もフレンドリー。授業中、生徒たちはみんな真剣そのものでしたが、2人のおかげで堅

苦しい雰囲気はありませんでした。

 

ヴァンクリーフ&アーペルの真髄に触れる

授業内容は大きく分けて3つ。

1. VC&A創業者の歴史と家系について

2. インスピレーションの源、7つのテーマについて

 ・ファウナ(動物)

 ・フローラ(花)

 ・アストロノミー(天文学:星、月などの惑星)

 ・空想の世界(妖精など)

 ・世界の旅を夢見る(中国、インド、エジプト、日本など)

 ・クチュール(リボン、レース、ボタン、ジップなど)

 ・ダンス(バレリーナコレクション)

  1. 4つの最高傑作について

 ・メカニズム(トランスフォーメーション)

 ・ジップコレクション

 ・ミステリーセッティング

 ・ミノディエール(リップやコンパクトなどを入れる小さなケース)

 

画像や動画を見ながら、先生が説明してくださるのですが、それぞれのジュエリーの豊

かな色彩、発想の自由さ、動きの感じられる作りはさすがグランメゾン!と感心しき

り。

 

例えば1942年、創業者であるアーペル家がバレエ好きだったことから誕生したバレリー

ナコレクション。ニューヨーク・シティー・バレエ団を設立した振付家ヴァランシンと

の出会いが大きく影響したそうです。1967年には「ジュエルズ」というバレエ作品が誕

生しました。エメラルド、ルビー、ダイヤモンド、3つの宝石がバレエで表現されたの

です。VC&Aでは現在まで、バレリーナの衣装やポージングを少しずつアップデートし

ながら、シグネチャーコレクションとして作り続けています。

 

18世紀に活躍したバレエダンサー、マリー・カマルゴを描いた絵を元に、1940年代に作

られた作品。

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顔の部分はローズカットダイヤモンドを使うのがお決まりとのこと。

 

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ただ美しいとか贅沢なだけではない。一つ一つのジュエリーに物語がある。それがさら

に人を惹きつけるのですね。

 

1と2に関して興味を持った方はVC&Aの公式ウェブサイトをぜひご覧になることをオス

スメします。

https://www.vancleefarpels.com/jp/ja.html

 

構成は異なりますが、授業内容と重なる内容も多かったですし、読み応え、見応え共に

十分あります。

 

そして授業のハイライト、実物のジュエリーを見ながらの解説は一番インパクトが強

く、ハイジュエリーの持つ凄みにシビレました。

 

この続きは参加レポその2でご紹介します。どうぞお楽しみに!

ヴィスコンティの『山猫』は宝石に似た輝き

イタリア名門貴族の生まれの映画監督、ルキーノ・ヴィスコンティ

イタリアの至宝と呼ばれる彼の作品は、没後40年以上経った今でも唯一無二の輝きを放

っています。中でも傑作として名高い『山猫』4K修復版が上映されていると聞き、観に

行ってきました。数年ぶりに観た『山猫』は美しすぎました……。

 

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大まかなあらすじ

時代は19世紀イタリア統一戦争のさなか。主人公は貴族社会の終焉を感じながら、時代

の変化を受け入れることを選ぶシチリア貴族の当主、サリーナ公爵(バート・ランカス

ター)。目をかけているサリーナ公爵の甥、タンクレディアラン・ドロン)は時代を

敏感に読み取り、革命軍に加わる。やがてタンクレディは新興ブルジョワの娘、アンジ

ェリカ(クラウディア・カルディナーレ)と恋に落ち、公爵は2人の結婚を後押しする

るのだった。

 

“本物”の持つ力

ヴィスコンティ作品の美しさは、爛熟した貴族文化を肌で感じていた彼にしか描けない

ものです。

例えば映画の冒頭。カメラはサリーナ公爵邸の窓へと近づき、レースのカーテンがシチ

リアの乾いた風にたなびくさまが映し出されます。部屋の中が透けるほど薄く、繊細な

柄が織り込まれたレースの上質さ。それだけで、そこは庶民の家ではないことが伝わっ

てきます。

彼の美意識がよく表れているのが、45分間続く豪華絢爛な大舞踏会のシーン。36日間も

かけて撮影されたそうです。集まった客人たちのレースやシルクをたっぷり使った豪奢

な衣装、ろうそくの灯ったシャンデリア、館中に飾られた絵画や花瓶、クリスタルの

グラス……細部にまで“本物”であることにこだわったことは一目瞭然。

当然ですがCG一切なしです。CGを否定するつもりはありませんが、画面から伝わる

重厚さと説得力が違うのです。

 

俳優たちの視線と仕草にクラク

数年ぶりにスクリーンでこの作品をみて改めて気づいたのは、俳優たちの魅力でした。

バイセクシャルであったといわれるヴィスコンティは、男性に対する審美眼も鋭く、

配役はどれもはまり役で完璧!身のこなしが非常に洗練されているのも、

ヴィスコンティの指導というか、力量によるのではないかと想像します。

 

まずはタンクレディ役のアラン・ドロン。かつて日本でも美男子(今ならイケメン?)

の代名詞的存在として大人気でした。この作品では、良くいえば野心的、悪くいえば

上昇志向で調子のいい青年役です。

端正な顔立ちに澄んだブルーの瞳で見つめられたら、ぞくっとします。軍服姿でかかと

を鳴らして敬礼する姿なんて、カッコよさが人間離れしていて、バービーの恋人、ケン

みたいです。

 

印象的なのは内戦で負傷し、眼帯をつけて登場するシーン。

素敵な男性が眼帯をすると、妙に色っぽく感じてしまうのは私だけでしょうか。

例えば伊達政宗とかキャプテンハーロックとか(古くてすみません)。

どこか冷酷そうなのに気になってしまうところは、主演した『太陽がいっぱい』の

主人公、トム・リプリーに通じるものがあります。

 

アラン・ドロンもいいけれど、実は私がオススメしたいのはサリーナ公爵を演じたバ

ート・ランカスター。アメリカ人であり、アクション映画に出演していた、という経歴

は意外でした。この作品での堂々とした存在感と、威厳をたたえた姿はイタリア貴族

そのものです。

革張りのソファーに深く座って足を組む、葉巻にゆっくりとマッチで火をつける、アン

ジェリカの頬に手を添えて話しかける、そうした所作の一つ一つにも余裕と気品がにじ

みでているのです。

 

彼もアラン・ドロンと同じブルーの瞳なのですが、キラキラした輝きよりは、憂いのほ

うが色濃く感じられます。当主としての責任と苦悩、時代の変化に対する諦観、家族へ

の愛、孤独といった様々な感情がその瞳からは読み取れます。

 

哀愁を漂わせるランカスターと、血気盛んなドロン。

2人のコントラストは、老いと若さ、貴族とブルジョワ、旧体制と新体制、といった

相反するもののメタファーなのかもしれません。

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小悪魔なアンジェリカ

そしてもう一人、アンジェリカ役のクラウディア・カルディナーレのことを書かずには

いられません。他の女優さんたちがかすんで影もないくらいに小悪魔ぶりが際立ってい

ます。

 

驚いたのは、アイラインで囲んだ三白眼の大きな瞳を上目遣いにして、タンクレディ

みつめながらゆっくりと下唇を噛む仕草!

同性の私でも無性にドキドキしましたよ。もし私が同じことをしたら、間違いなく

頭大丈夫?と心配されるか、下品な女扱いです。

 

ネコのような野性味のあるコケティッシュなアンジェリカは、カルディナーレでなけれ

ば成立しなかったでしょう。

 

さらに心をざわつかせたのは、婚約者であるタンクレディの目の前で、サリーナ公爵を

ダンスに誘うシーンです。甘えるように懇願しているようで、

「私と踊ってくれるわよね」と言わんばかりに訴える目力の強さ。

公爵は断れるはずもなく、タンクレディは嫉妬で顔を歪めるのでした。

その後の公爵とアンジェリカがワルツを踊る場面は、ハイライトの1つといえるほど

耽美的です。

 

細部までこだわり抜き、贅を尽くした映像の美しさはもちろんですが、美男美女を堪能

できるのもこの作品の醍醐味なのです。

 

ジュエリーは本物?

タンクレディがアンジェリカに婚約指輪を渡すシーンがあったので、どんな指輪なのか

興味津々でみていました。

それは意外とシンプルな、ダイヤモンドが取り巻いたサファイアのリングでした。

エンゲージリングはダイヤモンド、というイメージが強いと思いますが、特に決まりは

ありません。お好きな宝石でいいのです。

サファイアには、誠実、信頼、慈愛といった意味があります。ヨーロッパでは神聖な石

として聖職者の冠や指輪に用いられてきました。

石の大きさとリングのデザインは、ダイアナ妃からキャサリン妃に受け継がれたリング

と似ていました。

ご参考までにどうぞ! 

www.25ans.jp

 

もう1つ印象的だったジュエリーは、舞踏会でアンジェリカがつけていたイヤリング

です。

アクアマリンに似た、爽やかなブルーのペアシェイプカットの石が耳元で揺れて、

純白のドレスにとても似合っていました。

これらを含め、映画で使われたすべてのジュエリーが本物だったのかどうか、

映像からではなんとも判別できません。

でもね、ヴィスコンティのことだから本物だった、と信じたいところです。

 

最後に

日本での契約満了により、上映されるのはこれが最後の機会となるそうです。

東京では恵比寿の東京都写真美術館ホールにて、3月31日まで。

『山猫』4K修復版はブルーレイが販売されていますが、ぜひ映画館の大きなスクリーン

で、圧倒的な美しさに打ちのめされる快感を味わっていただきたいです!

 

topmuseum.jp