ヴァンクリーフ&アーペルの「レコール 」参加レポその2
さて、前回のレポの続きです。
パリに本校があるジュエリーと宝飾芸術の学校「レコール」。東京で同じ授業が受けら
れるということで、「ヴァンクリーフ アンド アーペルの世界に入り込む」というク
ラスを受けてみました。
とうとう授業のハイライト、ハイジュエリーを目の前にして解説が始まります。
丸テーブルに置かれた6点のジュエリーを、先生と生徒がぐるりと囲みます。中でもブ
ランドを象徴する2つのハイジュエリーの秘密を知りたいと、皆の視線と意識がキュッ
と集中しました。
“ミステリーセッティング”
ミステリーセッティングはVC&Aが1933年に特許を取得した、極めて高度な石留めの技
術です。爪などの地金が一切みえず、宝石だけを敷きつめたようにみえるのがとても不
思議(まさにミステリー)ですし、独特の美しさを放ちます。
他ブランドやメーカーでも同様の技法を使ったジュエリーはありますが、“インヴィジ
ブルセッティング”などと呼ばれています。
この妖精ブローチのサファイアの部分がミステリーセッティング。
構造を簡単に説明しますと、宝石のガードルの下(真上からはみえないサイドに)細い
溝を作り、レール状の地金に挟み込んでセットしていくのです。
石の模型のサイドに入った細〜い溝が見えますか?
改めて間近でみると、あまりの緻密さに気が遠くなりました。
まず同じ色の石をたくさんそろえなくてはなりません。それも高価で希少な宝石を。
それから、石をレールのサイズに合わせて正確にカットしなければなりません。
少しでもサイズが狂えば、レールにきっちり挟めませんし、敷き詰められた表面がガタ
ガタになってしまいます。
そのため、なんと1ピースをカットするのに3〜5時間かかり、元の石サイズの30〜45%
は削られてしまうそうです。しかもセットするのは、平面より難易度の高い曲面が多い
のですから、想像するだけで息がつまります。
裏側はこんな感じ。
スケルトン(石を留めるためのレール状に組まれた地金)部分は赤っぽく見えますね。
ミステリーセッティング部分には、レッドゴールドを使用すると決まっているそうで
す。「湿度の影響を受けないから」だそうですが、地金と湿度にどのような関係がある
のか確認し損ねました(←後悔その1)。今度知人の職人さんに聞いてみようと思いま
す。レッドゴールドは割り金として銅を多く使い、イエローゴールドより硬さが増しま
す。ゆえにしっかり石をホールドできるからではないかな、と思ったのですが……。い
ずれにしても、とてつもなく気を使う繊細な作りなのです。
“ジップネックレス”
もう一つ、ブランドのアイコン的傑作、ジップネックレスはその名の通り、ジッパー
(ファスナー)機能を備えたブレスレット兼用ネックレスです。いわゆる王侯貴族が身
につけるクラシカルでゴージャスなネックレスとは異なる、モダンさが魅力的。
しかもしなやかに開け閉めできる完成度の高さにも驚きます。
ネックレス上部の弧を描いている部分を外し、ジップを締めると、ブレスレットになる
のです。画像の左下にあるのはその時必要になるパーツ。
手袋を着用し、ピカピカに磨き上げられたネックレスを慎重に取り扱う先生の手先は、
心なしか緊張していました。
ネックレスからブレスレットにコンバーチブルする一連の流れを夢中で見入ってしま
い、途中の過程を撮り忘れてしまいました(←後悔その2)。
その代わりといってはなんですが、ネットで動画を発見したのでこちらをどうぞ。
この遊び心ある傑作が誕生した背景には、“王冠を賭けた恋”として知られるウィンザー
公爵夫人の存在がありました。
彼女がガウンを着た時に、ふとそこについているジッパーを見て、
「これは素晴らしい。ジッパーのようなジュエリーを作って欲しい」
と当時のアート・ディレクターであるルネ・ピュイサンに依頼したのです。
ファッションセンスに優れ、ジュエリーが大好きで、VC&Aはじめ名だたるジュエラー
にオーダーしていた公爵夫人なら、不思議ではない言葉ですね。
ジップの噛み合わさる部分は、イエローゴールドかホワイトゴールドで作られます。
プラチナでは硬すぎて壊れやすくなるからです。トップクラスのマスタークラフトマン
がハンドメイドで作るのですが、ネックレスの内側、ファスナー部分の製作だけでも
150時間かかるそうです。高度な技術ということで、こちらも1939年に特許を取得。完
成したのは1950年ですから、相当な試行錯誤があったのでしょう。苦労がしのばれま
す。
ジップネックレスは手間隙のかかる特別なジュエリーなので、もともと作られる点数が
限られており、店頭でみられる可能性は低いそうです。オーダー品の場合が多く、完成
するとすぐに売れてしまうとのこと。1点ずつ、使用する石もデザインも様々なヴァリ
エーションが作られています。同じものは作らない、その姿勢もかっこいいですよね。
他には、VC&Aの中でたぶん一番メジャーな“アルハンブラ”“ネックレス、
お花モチーフの “ロータス アントレ レ ドア”リング、ボタンモチーフの“ブトン ドー
ル”イヤリングなどを紹介してもらいました。どれも裏側からみても美しい仕上げ。
やはりジュエリーの良し悪しは裏側にでます。
傑作の作られる背景を知って、VC&Aがハイジュエラーとして存続し続けてきた理由を
垣間見た気がしました。過去と同じコレクション、同じ技術を継承しているように見え
て、実は常にバージョンアップしているのです。人間も同じですね。“時が止まった
人”にならないように気をつけなくては。
感激のディプロマ
授業前、教室に入ると、受講者のためにレコールオリジナルのノートと鉛筆が用意され
ていました。手ぶらで参加できるのです。そして授業の最後にはディプロマ(修了証)
が先生から手渡されます。ただ講義を聞いていただけなのですけどね。それでも名前を
呼ばれて先生から受け取ると嬉しいものです。しかもレコールのパンフレットや資料が
入ったオリジナルエコバッグまでいただきました。ディプロマも入るし、本当に気が利
いています。きめ細やかなおもてなしは、もしかして日本の生徒のために用意されたも
のなのかも?パリではどうなのでしょうか?
参加してみて
盛りだくさんの内容ながら、4時間はあっという間でした。歴史あるブランドには、
長い年月の間に生まれたエピソードや物語がいくつもあるのですね。
そして常に新しいもの、他にはないものを作り出そうとする情熱にあふれています。
それがブランドへの信頼と憧れを増すことにつながるのだ、と実感しました。
単純な私はヴァンクリーフ通気分になって、
「ウィンザー公爵夫人がガウンについていたジッパーを見て『こんなジュエリーを作っ
て』ってオーダーしたのがきっかけでジップネックレスができたのよ」
なんて誰かに話したくなりました。
この講義に関して唯一要望をあげるとしたら、実物のジュエリーをもっとみたかった、
ということです。ハンドリング(手に取って見ること)できればなお良かったですし、
ルーペでじっくり見ることができたら最高でした。
「ジュエリーと宝飾芸術の学校」の意義
VC&Aがレコールを創設した背景には、ブランド認知やイメージの向上、新規顧客の開
拓などもあったのではないかと思っていました。でもレコール自体にビジネス臭は微塵
もありません。
むしろジュエリーという芸術文化に触れて、その美しさと奥深さを感じてもらうことが
第一の目的なのです。何の予備知識のない人でも1講座から気軽に参加でき、楽しむこ
とができるところも、とても素晴らしいと思います。
いくつかあるサヴォアフェール(匠の技)の授業の中には、ジュエリー関係者でもなか
なか体験できない講座がありました。例えば漆芸や象嵌など、白衣を着て実際に工程を
体験するというものです。正直なところ、私は時間とお金に余裕があったら全講座を受
けてみたかったです!
対して日本の現状は?
宝石学、ジュエリーデザイン、加工などを個別に学べる場所はいくつかありますが、日
本には今の所「レコール」のような教育機関は存在しません。
充実した内容を“洗練された雰囲気”の中で提供できるのは、やっぱり“芸術大国フラン
ス”だから?それともリシュモン(VC&A、カルティエ、モンブランなど多くのラグジ
ュアリーブランドを傘下に保有する企業グループ)という巨大資本のなせる技?とつい
考えてしまいます。
でも日本にも、ジュエリー文化や宝石学に詳しい専門家はいるし、優れた職人さんたち
もいます。より多くの人にジュエリーの魅力を知ってもらえる、魅力的な日本版レコー
ルを作ることは、決して不可能ではないはずです。
最後に
パリ本校はヴァンドーム広場にあります。画像を見ると学校の教室というよりホテルの
サロンのような内装で、その場に身を置くだけで気分が上がることは間違いありませ
ん。ちなみに授業はフランス語か英語で行われますので、ある程度の語学力は必要でし
ょう。ウェブサイトから予約ができます。パリを訪れたら、レコールで貴重な学びの時
間を過ごすのもいいのでは?
思わずパリに行きたくなります!